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  『幻のメニュー』

 
 
 

「トーマスさま、トーマスさまぁ!」
 扉が開いたと同時に、賑やかな声が部屋に飛び込んでくる。
「どうしたの、セシル?」
 セバスチャンと共に書類の処理を行っていたトーマスは、さほど驚きもせずに尋ねた。ビュッデヒュッケ城の守備隊長であるセシルの行動が突飛なのは、もう慣れっこだ。
「レストランで、これから『幻のメニュー』の試食会があるんです! 行きましょうよ、トーマスさまっ!」
「幻のメニュー?」
 顔を見合わせて首を傾げるトーマスとセバスチャン。
 最近仲間となったコックのメイミによって開かれた湖畔のレストランでは、仲間達が各地で集めてきた様々なレシピを元に、多くの料理が振舞われている。中には郷土色溢れる珍しい料理や、何故かモンスターが持っていた料理のレシピなどもあって、珍しい料理が食べられると近隣でも評判になりつつあった。
 しかし、ここのところレシピ集めも難航しており、誰かが新しいレシピを持ち帰ったという話は聞いていない。
「なんだい、その『幻のメニュー』っていうのは?」
「なんでも、メイミさんがお父さんから聞いたものを再現してみたらしいんですよ」
 メイミの父親は、やはり腕のいいコックだったという。常日頃から料理研究に熱意を燃やす彼女のことだ、これまでに見聞きしたメニューは一通り試しているのだろうが、それがようやく形になったというところか。
「それは期待出来そうだね。行ってきてもいいかな?」
「はい、もちろんですとも。ちょうど一段落したところですし、あとのものは午後に回しましょう」
 処理済の書類をまとめながら頷くセバスチャンに、やったー! と快哉を叫ぶセシル。その喜びように思わず笑みを零しつつ、羽ペンを置いて大きく伸びをしたトーマスは、その勢いのまま椅子から立ち上がった。
「それじゃ行こうか、セシル」
「はいっ!」


「……なんでも、それはかつて、どこかの大国の王様しか食べることの許されなかったメニューだったんだって」
 気の短いタイプであるメイミが珍しく前説などをしているあたり、これは期待できそうだ。思わず喉を鳴らすトーマスを横目に、メイミの解説はなおも続く。
「そもそも、料理界には『幻のメニュー』と呼ばれるものが結構あって、有名なところだと『蒼月鳥の涙』っていう――」
「おいおい、前置きはいいからはやく食べさせてくれよ」
 軍議を抜け出してきたらしいシーザーが、空腹の子供のように机を叩いてせがむものだから、周囲がどっと沸いた。
「まあ待ってよ」
 思わず吹き出して、分かった分かったと手を振るメイミ。
「今日みんなに試食してもらう『満漢全席』は、父さんから聞いたメニューをあたしなりにアレンジして組み合わせたものだから、本当のメニュー内容とはちょっと違うかもしれないけど、そりゃあもう目が飛び出るくらいびっくりする料理だから、そのつもりでね」
 そんな言葉で説明を締め括り、そしてメイミはようやく、集まった面々の前に料理を並べ始めた。
「見たこともない料理ばかりだね」
 トーマスの言葉に、目を輝かせたセシルがこくこくと頷く。
「おっ、なんだか期待できそうだなあ」
「いい匂いですね」
 話を聞きつけて集まってきたエースやネイ、ムト達は期待を込めた目で机の上に並ぶ皿を眺めていたが、少し離れたところでは、フッチやアップル、トウタ、ナッシュなどが頭を突き合わせて、こそこそと囁き合っている。
「……なんか、見覚えのある料理なんですけど」
「……そ、そうね」
 期待と不安に胸を膨らませる人々を横目に、せっせと皿を運び続けるメイミ。その種類と量たるや、王宮で開かれる晩餐会にも引けを取らないほどだ。
「お待たせ。これで全部だよ」
 そうして大量の料理を並べ終えた彼女は、集まった人々に向かって高らかに宣言した。
「さあ、召し上がれ!」
 一斉にテーブルへと群がる人々。ちょうど昼食時でもあるし、タダで食事にありつけるとあって、普段はレストランに近づきもしない連中まで顔を出して、歓喜の声を上げている。
 しかし、それも束の間――。
「うっ……」
「こ、これは……」
 料理を手にばたばたと倒れていく面々を横目に、端の席で静観を決め込んでいたフッチ達は「やっぱり……」と青い顔で呟いた。
「予感的中ですね……」
「手を出さないでおいて良かったわ……」
 大好物のケーキを手にしたトーマスは、口に含んだ途端に襲ってくる『えも言われぬしょっぱさ』に目を白黒させているし、辛党のセシルは真っ赤な唐揚げを頬張ったまま七転八倒している。
 他にも、手にした途端に破裂するコロッケやら激辛のアイスクリームなど、怪しげなメニューを口にして泡を吹いている者達が、まさに屍累々といった様子で倒れているではないか。
「あれ? おっかしいなあ……」
 不思議そうに首を捻るメイミに、恐る恐る問いかけたのはナッシュだ。
「なあメイミ。……一体、何を作ったんだ?」
 震える声に、若き天才料理人はコックコートのポケットからメモを取り出して読み上げた。
「えっと、スープが『黒いポタージュ』、前菜に『マイマイ??』、副菜に『オムライ醤油』。メインディッシュが『烈火の唐揚げ』と『びっくりてんぷら』、口直しに『地雷コロッケ』。デザートが『コボルトパイ』『ナナミケーキ『『ナナミアイス』――」
「うっ、嫌な名前を聞いた気が……」
 思わず口元を押さえるナッシュの後ろで、だらだらと冷汗を垂らすフッチ達。
「……昔、料理対決で食べてひっくり返ったことがあるヤツばっかりだ」
「あの頃、よく料理対決の後に医務室に担ぎ込まれてくる人がいましたね」
「……思い出したくもないわ」
「えー、おいしいですよぉ?」
 呑気な声に振り返れば、いつの間にか現れたビッキーが一人ぱくぱくと料理を平らげていた。ぶっ倒れている人間達のことは目に入っていないようだ。
「ビ、ビッキー……」
「確かビッキーさんは味オンチだったっけ。リーダーと一緒にナナミさんの手料理を食べて平気な顔してたし」
 しみじみと呟くフッチ。
「おっかしいなあ、目が飛び出るほどびっくりする味わいって書いてあったのに」
 しきりに首を傾げていたメイミは、そこでふと思い出したようにポンと手を打った。
「そういえば、参考にした料理書って『珍品大全』だったっけ」
「というか、作ってて気付かなかったんですか……」
「味見しろよ、味見……」
 周囲のツッコミも虚しく、メイミはよし、と胸を張り――。
「次は頑張るぞ!」
「頑張るなっ!」


-終わり-


 

執筆者:小田島静流

 幻想水滸伝III発売15周年の節目に、このような素晴らしい企画に参加させていただくことが出来て、とても嬉しいです!
 参加作品は、かつて幻水の二次創作小説サイトを運営していた頃に書いたものです(ちょこっと加筆しました!)。
 ビュッデヒュッケ城での暮らしが大好きで、ゲーム中も小さなネタを拾っては、戦いの合間のほのぼのとした日々を想像しながら遊んでいました。

 拙い作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。

 

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