幻想水滸伝Ⅲ 発売15周年記念Webアンソロジー企画
『triad』
※炎の英雄=レルムです。
大広間に広げられた地図。
置かれた駒の数は、明らかに青の・・・・・・ハルモニアの方が多い。
「あーうん、戦況はまぁ、悪いな」
やる気があるのかないのか、欠伸をしながら告げる、軍師シーザー。
「真面目にやりなさい、シーザー」
「いやいやアップルさん俺はいたって真面目だから。ちょっと眠いだけで」
「それが不真面目だって言うのよ」
はぁとアップルはため息をつく。
二つの戦争に参加して軍師の仕事を側で見てきた彼女にとって、どうしてもシーザーの態度は不真面目に映るのだろう。
「戦況が悪かろうが良かろうが、やるべき事はやる。それだけだ」
バンっとデュパが勢いよく机を叩く音に、トーマスはビクッと肩を振るわせる。
「だーかーらー。その『やるべき事』をどうやるかが問題なんだって」
「守っているばかりでは少しも先には進めぬ!こちらから打って出るべきだ」
「力だけで勝てるほど簡単な相手じゃない」
恐れをなしてもおかしくないようなデュパの力強い言葉にも、シーザーは怯むことなく言い返す。
若いとか、種族が違うとか・・・・・・そんなことはお構いなしに、彼はちゃんとやるべき時には軍師の役割を果たそうとしているのだ。傍から見ると頼りなさそうな感じもするが。
「ヒューゴはどう思う?」
「え!?」
「お前、寝てただろ」
にやりと笑ってシーザーはヒューゴを指さす。
「いや、ちゃんと聞いてた!聞いてたけどさ」
急にシーザーに話を振られて慌ててしまったのは、決してぼんやりしていたわけではなく、真剣に考えて……まだ、答えが出ていなかったから。
「ヒューゴ、お前なぁ」
呆れたようにルシアがため息を吐くと、ヒューゴはますます慌てる。
「おいおい、頼むぞ炎の英雄」
ぽんぽんっとジョー軍曹はヒューゴの背中を励ますようにたたく。それは、半分激励で、残り半分はからかいだ。
「ジョー軍曹!」
自分の意志で継いだ“炎の英雄”の名は重く、ヒューゴの肩にのしかかる。
彼ならどうしていただろうと考えれば考えるほど、身動きが取れなくなっていく。
「わざとそういうこと言うなよ!ますます考えまとまらなくなるだろ!!
・・・・・・トーマス、パス!」
「えぇええ!?ぼ、ぼくですか?」
地図をのぞき込んでいたトーマスは顔を上げて周囲をきょろきょろと見回す。
それにつられるかのように、自然と皆の視線が彼に集まる。
「ぼくは、その・・・・・・えっと、みんなが怪我とかしないといいなぁと思いますけど」
「とんだ甘い考えだな」
きっぱりとルシアに言い切られて、トーマスはがっくりと肩を落とす。
「戦争が、甘い考えではどうもならないことは分っています。それでも・・・・・・ぼくは、みんなが無事に戻って来ることが大切だと思うんです。死ぬ覚悟で戦うのは、勇気じゃなくて無謀です。だから、無茶な作戦はその・・・・・・たてないで欲しいです。それは、譲りたくないから」
ぎゅっと両手を力強く握りしめてトーマスは言う。
「そうだな、トーマスの言うとおりだ」
クリスの同意を得て、トーマスはあからさまにホッとした表情を見せる。
「そのためにも、できる限りのことをしなくては」
「よし、気合い入れていこうぜ、みんな」
少し離れたところで、そんな皆の様子を見つめていたサナはふと表情を綻ばせる。
新、炎の英雄のヒューゴ。ビュッデヒュッケ城主で天魁星のトーマス。
まだ年若いふたりを中心に、バラバラだった者たちが手を取り合って前に進もうとしている。それはなんて・・・・・・素晴らしいことだろう。
『ま、どーにいかなるだろ』
『お前って奴は本当に適当だな!!!!』
『そんなに怒るなよゲド。アイツがそう言う奴だって分かってただろ』
ふと、脳裏を過ぎるのは過ぎ去りし遠い日々。
【炎の運び手】なんて大層な名前をつけてリーダーとなっていたのに、いたずらっ子がそのまま大人になってしまったかのようなレルム。その手のかかるリーダーの面倒を見て・・・・・・補佐をしていたゲドとワイアット。
作戦会議なんてやってみても真面目にやっているのは始めの5分で後はいつも途中からゲドによるレルムの説教タイムとなる。どちらの味方もせず、それを笑って見ているのがワイアット。
もうずいぶん、昔のことになってしまった。
あの頃だって、敵は大国ハルモニアで、余裕がある戦いではなかった。それでもどうしてこうも、昔のことはきらきら輝いて見えるのだろうか。
「サナ、どうした?」
遠巻きに皆を見ていたことに気づいたのだろう。ゲドがサナの隣にやってきて声をかける。
「心配か」
「あら、ゲド。なんでもないわ。少し昔のことを思い出していただけよ」
にこりと笑顔を向ければ、ゲドは逆に渋い顔をサナに向ける。
「正直アイツのことは思い出したくないな」
サナは『昔のこと』と言っただけなのに、ゲドには誰を思い出していたのか正確に伝わったようだ。
「あらあら。私の伴侶の扱い、ずいぶんと酷いのね」
「いつも無茶な作戦ばかり勝手に決行して・・・・・・。尻ぬぐいを何度させられたことか」
「まぁあの人は・・・・・・自由だったから」
いつも、自由で。フラフラしていて。
探すといないくせに、本当に苦しくて側にいて欲しいと思うときにはひょっこり帰ってきて。レルムに『大丈夫』と言われると、なんだか本当に大丈夫なような気がして不思議だった。
「そうだな」
「ゲド、声が怖いわ」
コロコロと笑えばゲドは眉間のしわを三割り増しで深くする。
「昔はあんなに仲がよかったじゃない」
「アイツが一方的にじゃれてきていたんだろ」
「そうかしら?私には悪友3人組に見えたけれど」
サナの言葉に、ゲドは心外だと言わんばかりの表情を見せる。
「あの時のこと、今でも昨日のことのように思い出せるのに・・・・・・今は、二人だけになってしまったわね」
何気なく放った言葉。
意識して考えないようにしていたのに、言葉にしてしまうとこみ上げてくるのは紛れもない寂しさ。
彼がまだ生きていれば・・・・・・また皆を率いて戦ってくれただろうか。
「この前、石板の地に行ってきたの。・・・・・・宿星の名が刻まれていたわ」
天魁星にはトーマスの名が、天寿星にはゲドの名が。
「新しい星の許に新しい星が集まる。・・・・・・私の名前はなかったわ」
それが不満だったわけではない。
名前が刻まれていなくても、新しい炎の英雄や、仲間たちと共に戦うことに少しも迷いなんてない。
ただ・・・・・・心のどこかで、安堵した自分に、嫌気が差しただけ。
不可侵条約から50年。
ハルモニアが侵攻を始めたこの地には、新しい炎の英雄が必要だった。
グラスランドの民たちを一つに纏める存在がなければ、ただハルモニアの餌食になってしまうことなど、火を見るよりも明らかだった。
もしもグラスランドが再び戦渦に巻き込まれるようなことになった時、炎の英雄の名が必要になったら迷わず真の炎の紋章を継承させる。それは、自身の紋章を封印することを選んだレルムに頼まれた最期の願いだった。
だから、彼ら3人に“炎の英雄”になる道を示した。
それが間違っていたなんて少しも思っていない。チシャクランの長としてやるべきことをした。自信を持ってそう言い切ることができる。
それなのに。
天魁星トーマスの、新たな炎の英雄ヒューゴの宿星でなく・・・・・・炎の英雄レルムの宿星のままでいれたことに、安堵してしまった。
自分勝手だ。分っている。
まだ幼さを残す彼に炎の英雄になることを選ばせてしまったのは自分なのに。
「あの、アホが許さなかったんだろ」
「・・・・・・え?」
サナの方を見もしないで、ゲドははぁーと呆れたように深く深くため息を吐く。
「レルムらしい」
思いもしなかった言葉に、サナは目を丸くしてゲドを見上げる。
「お前が自分以外の誰かの宿星になるなんてアイツが許すわけない。独占欲の塊みたいなヤツだったからな」
「・・・・・・・・・・・・。あなたの目に、レルムはどんな風に映っていたの?」
最低限、サナの目に彼は、炎の英雄の名で呼ばれるのに恥じない男に見えていたのだけれど。
「あ?いつまでたっても子どもで、最後まで・・・・・・最後の最期までお前の伴侶でいることが一番大切だった男だろう」
「っ」
真の火の紋章を封印する。
それを選んだ彼は、グラスランドの民に裏切り者と言われても一人の人間として生きて死ぬことを望んだ。
「・・・・・・ばか」
「それは勝手に先に逝ってお前のことを待ってるであろうあのアホに言ってくれ」
「ゲドはレルムの悪口は饒舌になるのね」
まだ、彼の許に行くわけにはいかないけれど。
「・・・・・・少しだけ心強いわ」
「ゲドさーんサナさーん!!ちょっと手伝って下さいませんか?!
「この辺の地理、サナさん詳しいですよね?!」
地図を指さしながら叫ぶトーマスとヒューゴにサナはふっと表情を和ませる。
「おばあちゃんの私にも、まだ出番があるみたいね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あら、否定も肯定もしないなんて失礼ねゲド。さぁ行きますよ、貴方も手伝ってくれるんでしょ?」
「・・・・・・あぁ」
新しい炎の運び手たちの宿星に数えられなくても。
炎の英雄が、あの人でないとしても。
「私は、あの人が生きて、守り抜いたこの地が好きなの。だから、私も戦うのよ。・・・・・・私のできることで」
「年寄りの冷や水って言葉を・・・!!!!!」
ガンッと容赦なく思い切り足を踏まれて、ゲドは思わずその場にうずくまる。
「ゲド?何か言った?・・・・・・年齢だけが問題なら貴方の方がおじいさんですよ」
「~~~~っ・・・・・・年を取っておとなしくなったかと思ったが、やっぱりお前はお前だ」
「そうよ、私は私。さぁ、作戦会議に加わらなくてはね」